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2013-01-08
弱者または女殺しの原罪
『大菩薩峠/百』の第6巻「間の山の巻」に「お紺が泣けば貢も泣く頃」という歌の文句らしきものが出てくるが、この二人は『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』の登場人物。
伊勢古市の廓・油屋の遊女お紺は、主家のために名刀のゆくえを探す福岡貢(みつぎ)と言いかわしている。
名刀を手に入れた貢が、お紺に会うために登楼する。中居の万野は、貢からあずかった名刀をなまくら刀とすり替える。じつはすり替えは成功していないのだが、すり替えられたと思いこんだ貢は万野を斬り殺し、その勢いで廓の中を斬ってまわり遊女や客10人ほどを殺してしまう。そのあげくに、なまくら刀と思って振るった刀がまさにその名刀だったとわかって、あっぱれ名刀、めでたし、めでたし――と、どこがめでたいのかわからない結末の話なのだが、歌舞伎らしいでたらめさは置くとして、机竜之助に老人や女を殺させた作者・中里介山に竜之助と貢を重ね合わせる気持はなかっただろうか。

脇筋の話だが、『伊勢音頭恋寝刃』は実際の事件を材料にした芝居とのことで、舞台の油屋は実在の遊郭の名という(油屋騒動 - Wikipedia)が、たしかな資料はあげられていない。油屋を舞台にした殺人といえば近松の『女殺油地獄』がある。伊勢の油屋は近松作品を下敷きにした名称ではないのか。題名にあるとおり、こちらも女殺しの物語である。

ところで今朝、別件でネットをまわっていたら、こんなのにぶつかった。
第14巻「お銀様の巻」 黄昏時にお角と米友が袖切坂を登る途中、お角が転ぶ。「袖切坂で転んだ所を見た人と見られた人が男と女であるばあいには、どちらか一方がもう一方の命を取るのだ」と、お角は言う〔*しかし小説の最後まで、この予言は実現されない〕。
- 物語要素事典

いつかどこかで男と女は殺しあう。ことに男が女を殺す。
やはり介山にそんな恐怖か原罪意識があったのではないか。
残念ながらこのくだりは抄録版『大菩薩峠/百』では取り落としている。