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2019-09-01
「やましさ」の起源
陸に上がるか、それとも滅亡か。
いずれを取るか迫られた水棲動物――われわれ人類の祖先――は、陸棲の道を選んで生き延びたが、ひきかえに本能の価値を奪われる。
一方でわれわれは、われわれが選んだ未知の世界を無意識のうちに導いてくれる新しい本能を持ち合わせず、意識に――すなわち最も貧弱で最も誤りを犯すことの多い器官に――頼ることになる。
問題は、古い本能がまったく働きを止めたわけではないこと。
それらは充足を求めて潜行する。
外へ向けて放出されない本能は内部に向けられる。このことをニーチェは「人間の内面化」と呼んだ。後に人の「魂」と呼ばれることになるものが、こうして生じたのである。
人間の内的世界は、外への出口をせき止められて肥大する。
とりわけ、古い自由の諸本能から自己を防衛するために国家が築いた防堡――そのうちでも刑罰――が、粗野で自由で漂白的な人間の諸本能を逆回させ、人間自身の方へとむかわせた。

敵意、襲撃、変革、破壊の喜び、これらの本能がすべてその所有者の方へ向きを変えたこと、これが「良心のやましさ」の起源である。――とするのが、ニーチェの『道徳の系譜』におけるやましさの論。
ニーチェの言うとおりなら、人は誰もが疚しさを抱えている。

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