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2016-09-01
女ざかりの人 ver.2
中堅女優の玉川詩子が歌いながらやってくる。

  日傘くるくる 知らない町の
  はじめて通る商店街
  男だまして 逃げてきました

「あら、おひさしぶり」と詩子姐さんのほうから声をかけてくる。
「どうも、お元気そうで」と私。
「元気。元気。元気ですよぉ〜」
それまで歌ってたとおり、萩、桔梗、女郎花…、秋の七草をあしらった絵日傘を、まだくるくる回してる。
だけど、「知らない町」というのはフィクション。彼女の住居はここから近い。
「あたしってさあ」といつも詩子姐さんは言っている。「自分が思ったことをすぐしゃべったり歌ったりしちゃうんだよね。隠しごとができないっていうか、プライバシーばればれのすっかすか。まあ、気楽でいいけどね」
そうはいっても、彼女は事実を言ったり歌ったりしてるわけではなく、「自分が思ったこと」をしゃべり散らしてるにすぎない。「はじめて通る商店街」というのも、たぶん出まかせ。そこそこ知られた女優なのに、近寄って来る人がいない。詩子姐さんがぶらついてるのも歌ってるのも、地元では見なれた光景なのだ。
「で、何かやらかしましたか」
「やっちゃったぁ〜」
「やっちゃいましたか」
「やっちゃったというか、もう、あれ。やあねえ、あたし」
男だまして云々は出まかせか言葉のあやだとして、でも何かはあったのだ。カネに不自由してる人ではないから、あったとすればやはり愛情問題。どこかでまた一羽、若いつばめが泣いてるに違いない。詩子姐さんますます女ざかり、と感心しながら見送っていると、

  日傘くるくる 知ってるはずの
  通いなれたる恋の道
  それが 実はね
  逃げられちゃったの あたし

どうもこちらが本当らしい。姐さんでも男に逃げられたりするわけだが、めげてもいないようだから、まあ良しか。