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自分がロボットだとわかったら


自分が人間ではなく、 じつはロボットだったと知ったとき、 人はどんな反応をするか。 以下は、 映画 『ブレードランナー』 の一場面。 レプリカントとは人間そっくりに作られたロボットのこと。 登場人物の一人レイチェルは、 自分がレプリカント=ロボットであることを知らない。

「彼女はレプリカントですね? 彼女はそれを知ってるんですか?」
「疑い始めているようだ」
タイレルは 「人間より人間らしい」 レプリカントを目指して、 レイチェルにニセの記憶を植えつけたと言う。
「私をレプリカントだと思ってるのね?」。 レイチェルはデッカードのアパートに押しかけて問いつめる。 デッカードは突然、 レイチェルしか知らないはずの記憶を語り始める。
「六歳のとき、 お医者さんごっこをして怖くなって途中で逃げただろう? 窓に張った蜘蛛の巣を見ていたら……」
「……卵が割れて……百匹の子蜘蛛が母蜘蛛を食べてしまった……」
「それはタイレルの姪の記憶だよ」
ぽかんと開いたレイチェルの唇が震え始める。 何も言葉は出ない。 出るはずがない。 二十数年間の記憶がすべてニセモノで、 自分は作られた架空の存在で、 人間としては実在しない、 と知ったのだ。

町山智弘 『ブレードランナーの未来世紀』 より)

どうだろう、 わたし自身の場合、 こんなに驚いたりするだろうか。 自分がロボットだと知った人がどの程度驚き嘆くかは、 その人の環境しだいだろう。 ある人が人間ではなくロボットだと判明しても、 その人の立場や周囲からの扱いがたいして変わらないとすれば、 驚きや嘆きは少ないのではないか。 わたしの場合でいえば、 自分がロボットであることは悲劇ではなさそう。 というのも、 わたしの周りの人は、 だいたいにおいて事実を事実として受け入れてくれるだろうから。 中には (的外れな) 憐れみや同情的な言葉をかけてくれる者もいるかもしれないが、 大筋でわたしの立場は変わらないだろう。 わたし自身の反応はといえば、 「ええっ」 と最初は驚いたりするものの、 そういえば思い当たるふしがないでもないな、 というくらいのものではないか。 それにしても良くできてるね、 おれ、 とか。 かりにわたしが人間であったとしても、 よくできた機械にはちがいないし。

もう少し学術的に考えたい人は、 次の記事をどうぞ。 心理テスト付きです。
- 西の海へさらり: 人は誰もゾンビである

-category ロボット社会ムービー
[07-11-24]
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