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ロボットに宗教を植え付けること
本多劇場に 「コミック・ポテンシャル」 という芝居がかかってるそうで、 人間とロボットが恋をする話だという。第2幕では、 このアンドロイドの 「ジェシー」 と人間 「アラン」 の駆け落ちの物語だ。 ジェシーは、 人間よりも人間らしく、 結ばれぬ恋に苦悩する乙女となる。 ジェシーは、 読み書きをできるようになりたいと、 アダムに字を読めるようになりたいと懇願をする。 アダムは、 聖書をテキストとして字を教え込む。 たちまち字を憶え、 ジェシーの心に神への畏敬が生まれる。 人間にとって、宗教心というものは、心が深まる一過程である。 芝居を見たわけではなく、 上の劇評で知っただけなので、 芝居や脚本やこの劇評とは別の話になるが、 ロボットに宗教心が生まれることを良しとしているらしいのが面白い。 結局のところ、 「心を持つロボット」 とは 「人間にとって都合の良い心を持つロボット」 のことか。 この芝居の場合で言えば、 神を畏敬するロボット。 人間よりも人間らしいという価値。 なんだかなあ。 ロボットが心を持つとは、 ロボットが彼自身の意志で、 人間の意図とは関係なく勝手に生きたり動いたりすることではないのか。 と、 そのように言えば、 ロボットの意志なるものは誰がどう設定するんだよということになって、 この先、 話はループに入って面倒なだけだし、 ロボットに肩入れしすぎるのもなんだしだが。 しかし、 釈然としないなあ。 「南洋の土人」 に素朴な心を見て感動してしまったり、 白人より白人らしくある可能性を見込んで、 宗教を説いてしまったりするのとどう違うのか。 -category ロボット、 宗教 [07-10-30]
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