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夢とは何か ―― 欲求と現実のギャップを解消する作業


ヒトや動物が見る夢に記憶を強化する働きがあるとする説は、 先日の記事 「脳はおぼえるために夢を見る」 で紹介した。 引用した池谷裕二 『記憶力を強くする』 では、 それを 「夢は脳の情報を整え、 記憶を強化するために必須な過程」 と表現しているが、 もう一つ、 前野隆司 『脳はなぜ「心」を作ったのか』 から引いておく。

夢は昼間起きていたことの体験を夢に定着させるたものものだ (…)。 私たちは昼間に自分が行なっているとと 「意識」 したことをエピソード記憶するわけだが、 昼間に経験したことは膨大で、 よく覚えておきたいことも、 忘れてしまってもかまわないことも、 たくさんある。 やみくもにとりだめした DVD のようなものだ。 膨大な記憶は編集したほうがいい。 つまり、 エピソード記憶をもとに作り上げられた順モデルを実際に脳の中で使ってみて、 どれを保存しどれを消去するか決めたり、 チャプターマークを入れたり、 プレイリストを作ったり、 いろいろと編集しておくと、 後で便利だ。 そして、 編集作業こそが、 夢という脳内シミュレーションなのだと考えれば納得がいく。

夢が記憶の定着に関係していることは、 すでに脳科学の定説のようだが、 これは出来事を記憶に定着させるのが夢の 「目的」 であるということではないだろう。 記憶の再編や定着はむしろ夢の 「結果」 や 「効果」 というべきもので、 本来の 「目的」 は脳の興奮を冷ますことではないか。

ヒトは昼間目覚めて活動しているあいだに、 さまざまな体験をする。 それらの体験の大部分は、 日常的によく起こることであって、 そうした平凡な体験は記憶に残りにくい。 しかし、 ある閾値 (その人の生理や感性の許容範囲) を超えた体験は長く脳内にとどまって、 脳を興奮させ続ける。 興奮がたまりすぎれば、 脳の機能にさしさわるから、 たまりつつある興奮は解消しなければならない。 その解消作業の過程で観測される現象が夢ではないか。

コーネル大学が開発したヒトデ型ロボットのことはこれまでに何度か書いた (「ロボットは夢を見る」、 他) が、 「夢の目的は脳の興奮を冷ますこと」 とする考えを、 このロボットはサポートしてくれそうに思われる。 上図はその生活サイクルで、 A ~ D の部分サイクルを開発者や関係者は夢に例えている。 ヒトデ型ロボットはまず A でランダムなアクションを一つ行なう。 このヒトデは自分がどんな形をしているか知らない (自己モデルを持たない) が、 A のアクションの間に収集した情報をもとに自己モデルを作り出す (B)。 ついで、 この自己モデルからアクションの候補を作り出して (C)、 そのアクションを実行し (A)、 A ~ C のサイクルを16回繰り返して、 最適と思われるアクションを作り出す (D)。 この B ~ C の過程、 もしくは A ~ C の16回のサイクルが、 夢に例えられている。

ヒトデ型ロボットは、 なぜ夢を見るとされるか。 B ~ C の間、 ヒトデは身体のアクションを停止している。 人間が覚醒を睡眠を繰り返さなければならないように、 このロボットもアクションの後は停止しなければならないようにプログラムされている。 この点で、 B ~ C は人間の睡眠に対応する。 そして、 B において、 ヒトデは覚醒時 (アクション時) に起きたことを思い返し、 C で記憶を再編する。 つまり、 B ~ C の過程は、 人間の睡眠に対応させられるとともに、 夢にも対応させられる。 今のところ、 このヒトデの唯一の目的は、 前進することである。 これは欲求と言い換えてもいい。 A において行なわれたアクションは、 かならずしも前進であるとは限らず、 ヒトデの欲求は満たされない。 そこで、 現実に起きたことと欲求の照応作業が B ~ C において行なわれ、 ヒトデの自己モデルが再編され、 最適 (と思われる) アクションモデルが作り出される。 アクションモデルを作るとは、 言い換えれば方法の記憶にほかならない。

前にも紹介したが、 「ロボットが過去の経験に学ぶことと人間が夢を見ることのあいだには、 たがいに応用可能な面がある」 とヒトデ型ロボットの開発者らは言っている。 ロボットの研究は人間の研究に役立つ。 ロボットにおいて起きたことが、 人間においても起きているとは断定できないが、 起きている可能性があるとまでは言える。 B ~ C の過程、 もしくは A ~ C のサイクルで行なわれたことは、 欲求と現実のギャップの解消である。 人間が睡眠中に見る夢も、 ギャップの解消を主要な (ことによると唯一の) 目的とする作業の表れかもしれない。 A ~ C のサイクルには物理的なアクションが含まれているから、 人間の夢にぴったり照応させることはできないが、 研究上の手続きとしては、 アクションを含むサイクル全体を一つの夢の断片と見なしてもいいだろう。

ロボットが暫定的に作り出す自己モデルやアクションは現実を歪曲したものだが、 最終的には不確実性を解明して最適化されることになる。 人間の見る夢が (このロボットと同様に) 混乱して断片的なのは、 内部モデルとの矛盾に気づいて最適化されるからではないか。

欲求や予想や思い込みは、 つねに現実と齟齬を来たす。 言い換えれば、 人間の内部モデルと環境との間にはつねに矛盾がある。 その矛盾が夢を生むのだとすれば、 夢が混乱して断片的なのも当然のことではないか。 そのような混乱を経て、 人間もヒトデも頭を冷やして翌朝を迎える。 翌日がまた矛盾を生む一日であるにしても。

-category 睡眠ロボット
[07-10-02]
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