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ロボットに心はあるか (メモ)
Googleで 「ロボットに心はあるか」 を検索したら、 思いがけず当サイトの次の記事がトップに。

- joh's filer: ロボットに心はあるか
- joh's filer: 意識の謎に挑む ―― 柳沢発言が投じた一石

フレーズ検索でやり直すと18件しかヒットしないので、 トップに来ても不思議はないのだが、 まるで頭になかったことなのでちょっと驚く。 せっかくの Google さんの厚遇だから、 この記事に触れておくと、 記事のリンク先で引用されている哲学者・大森荘蔵の論では 「情が移る」 ことを 「心」 の契機としている。

このとき、 彼はロボットを 「無意識」 の相貌では見ていないのである。 少なくとも 「迷い」 の相貌で、 あるいは 「ロボット的な意識がある」 相貌で、 ときには 「人なみの意識がある」 相貌で見ているのである。
- 極東ブログ: 機械は意識を持つか。コンピューターは意識を持つか。インターネットは意識を持つか。

つまり、 ロボットに心があるかないかは、 それを見ている人間の側の問題。 上位でヒットする黒崎政男氏の説も同様で、

機械に心があるか?という問いは、 あたかも客観的、 物理的なテクノロジカルな問いであるかに見えて、 人間の社会的な構えというか、 他者をどう考えるかということと不可分にリンクしていることがわかるでしょう。
それは人間の自己理解と対応関係にあるわけです。 私とは何か?ということをどう考えるかということと相関的に、 ロボットに心があるか?という問いの答えは変わっていくものなんです。
- [NI特別インタビュー] ハートフル・マシーン-テクノロジーの回帰  -- 黒崎 政男 -- 季刊 環境情報誌 ネイチャーインタフェイス

ということなのだが、 心というものを他者の視線の中でしか確認できない存在としたのでは、 問題の核心は手付かずのまま残って、 では心は実在するのかしないのかという問いに舞いもどってしまう。 心は実在しないと決まれば話は簡単だが、 上で見た限りでの大森や黒崎の論では、 「心は実在しなくても可」 とは言えても、 「心は実在しない」 とは言えない。 「心のあり方」 に関するアプローチとしては有効だとしても、 「心の存否」 については無効だろう。 この両論を推し進めて 「心は存在する」 という結論に至ったとすれば、 心的現象としてしか存在しないものを、 存在すると認めることになるのだから、 幽霊も存在することになってしまう。 ロボットの心や幽霊の 「実在」 をこの論脈で導き出すことに論理的な不合理はないとしても、 ロボットに関して実際に問われていることとは別の話ではないか。

以下、 あとで読むとして関係ありそうな記事をメモ。

質問サイト OKWave から。
- ロボットに心があるかないかをテストする方法 -OKWave
- ロボットは心を持ちうるか? -OKWave

慶應義塾大学・前野隆司教授の論。
- ヒトとロボットの心の研究
- ロボットの心の作り方 ―― 受動意識仮説に基づく基本概念の提案 (PDF)

-category ロボットヒューマノイド
[07-08-27]
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