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トマトは種を抜いてから食え
なんて今ごろ教えられても
すでにトマトは、腹の中で芽を出して
根も張って、とっくに手遅れ
- トマト男
2017-10-13
日本語で読むマーク・トウェイン
マーク・トウェインはあらかた読んだ。
で、いまごろになって気づいたことだが、日本ではマーク・トウェインはどう受容されたのか。
それを知るには邦訳も読んでみないといけないな。──

というのはまったくの嘘。
英語どころか翻訳されたものでさえ読めなかったことは、以前の記事で書いた。
- 突然マーク・トウェインが読めてしまった

少し補足しておくと、ぼくは高校生だった。
高校生のぼくが、はじめて原文で読んでみようとした小説がマーク・トウェインの The Celebrated Jumping Frog of Calaveras County (キャラヴェラス郡の名高き跳び蛙) 。
手に入れた版は、原文ではあるが原書ではない。日本の出版社から出た脚注・語釈付きの学習参考書だったのだが、これがまるで読めなかった。
もともと、他の科目にくらべて英語や日本語(国語)が苦手だった。そのぼくが難易度の高い選択をしてしまった。
どうしてそんな背伸びをしたの? 見栄をはったの?
いいえ、見栄なんかはってません。見栄とか背伸びとかではなくて、英語がわからないから難しすぎる作品を選んでしまったまでで、もうすこし英語がわかってれば、もっとやさしい本を選んだろうし、そもそも小説なんか選ばなかっただろう。

その後ずいぶんたってからだが、邦訳があることを知って、新潮文庫か岩波文庫で手に入れた。たぶん新潮文庫。
で、驚いたのだが、日本語で読んでも The Celebrated Jumping Frog of Calaveras County は理解できなかった。
ぼくにとっては難解な、それゆえに意味不明の奇妙な小説。
翻訳が悪かったとかではないと思う。
ただただぼくの語学(日本語)力の低さゆえに読めなかったのだ。
その後もこの小説のことは気になっていたらしく、いまは岩波文庫版の短編集を持っている。
調べたら、現在は柴田元幸の新訳も新潮文庫で出ている。
とうとう時期が来たのです。
なんだよ、時期って。
いきなり何を思いついたのだ。
ほかでもない、マーク・トウェインを読む時期が来たのです。
世の中に出てゆく準備をはじめるべき高校時代に読みそこなった本を、もうすぐこの世から消えてゆくという時期になって片付けにかかるのは、タイムリーというものではないか。

高校時代のぼくは知らなかったことだが、The Celebrated... には日本語訳がある。しかもそのうちの一冊は現に所持している。
じつは「突然マーク・トウェインが読めてしまった」と書いたが、短編集『バック・ファンショーの葬式』の中のいくつかを拾い読みしただけで終わって、通しては読んでない。
この短編集くらいは、宿題だと思って片付けろ。

ああ、それともっと大事なこと。

僕はこのごろ暴力に目覚めかけているらしい。
そのこととマーク・トウェインが読めるようになったことは関係していると思う。

とリンク先で書いている。