to top page
2017-02-25
月蝕(詩版)
月蝕のやつが
ドアのすきまから入ったらしく
なに食わぬ顔で
こんばんわ
こんばんわって
おまえなあ
隠してるつもりだろうが
満月の晩に
ぼんやり暗いのが枕元に立ったら
そいつは月蝕と相場は昔から決まってる
もう正体は割れているのだ
恐れ入ったか
いいえ恐れ入りません
なぜなら自分は
旦那は勘違いしてるようだが
今夜の月蝕ではなくて
ほら三年前
あの田舎道で会った
あの月蝕なんです
なんだと
あの田舎道の月蝕だ
するとおまえは
あの田舎道のあの月蝕か
どうもどこかで
見たようなやつだと思った
おまえが今夜の月蝕なら
初対面だからわかるはずはない
そうかそうか
あの田舎道の月蝕か
よくもあのときは
ひどい目にあわせたな
いえ、そんなつもりはなかったんです
ひどい目だなんて
あれも行きがかりで
それから月蝕と交わした話題というか
罵り合いの内容は
三年前の傷にさわるんで
いまは省略させてもらうが
腕力沙汰にこそならなかったものの
渾身でわめきあったから
明け方には二人ともふらふら
小一時間ねむって目をさましたら
入ってきたときは
薄ぼんやりしてた月蝕が
こちんこちんに固まって
大きさは大きめのアワビほど
滑らかに黒光りして
捨てるのも惜しいから
文鎮がわりに
机の上に置いて
ときどきハンカチで磨いているが
キューと悲鳴みたいのが
洩れることがあって
こいつもかなり
煮詰まっていたらしい